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アジール・フロッタンの立地
アジール・フロッタンに出会う
オステルリッツ高架橋の上流から見る(2017)
アジール・フロッタンはセーヌ川に復活し、オステルリッツ高架橋の袂に浮いている。
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01
パースの位置(1929)
アジール・フロッタンのパースは、ポン・デ・ザールを背にセーヌ右岸から上流を見る視点となっている。右には造幣局、 左正面にはポン・ヌフ、はるか上流にはノートルダム 大聖堂の尖塔を望んでいる。
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パース下書き ルーブル宮殿前前川國男作図の下書き、日本語のメモが読み取れる/1929-10-13/53cm×111cm
02
初期の係留場所 / ルーヴル宮殿岸辺(1929)
フランス学士院のドームが正面にある、パースの位置とほぼあっている。
計画段階からこの場所に係留される計画で、そのとおり実現されたことに驚かされる。
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ブリッジからエントランスをみる(1929)
03
工事現場 / オステルリッツ橋の下(1929)
石炭船運搬リエージュ号のリノベーションは、セー ヌ川に浮かんだまま、アーチ橋の直下で行われた。ルイーズ・カトリーヌ号が生まれた場所。
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リノベーション中の工事写真(1929)
04
新たな係留場所 / オステルリッツ係留場
1960年ころから現在のオステルリッツ高架橋の下流に移動している。リノベーション工事が行われた場所の真向かいとなっている。今日、周辺には多くのボートハウスがある。
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オステルリッツ橋の上、左岸から見る(2020)
05
ル・コルビュジエが住んだところ / ジャコブ通り20 番地(1917-1933)
コルビュジエは、女性作家のナタリー・バーネイが開いたサロンがあるアパルトマンに住んでいた。1930年、コルビュジエは妻イヴォンヌと結婚、前川國男がパリにいた期間この場所で暮らしていたが、同時代E-1027をデザインしたアイリーン・グレイも近くに住んでいた。
コルビュジエ
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